第4回危機意識を持たせる

今回は、ストーリーテリングが効果的なシチュエーションのうち、「危機意識を持たせる」ということについて考えてみたい。
「危機意識を持たせる」にはストーリーテリングだけでは充分ではないが、ストーリーテリングもその中の重要な役割を占めている。最近の国内での事例としてパナソニック(2008年10月1日松下から社名変更)の改革を例に見ていきたい。

まず改革の概要であるが、中村前社長(現会長)が2000年6月に松下の第6代社長に就任し、「破壊と創造」という名のもと、早期退職制度の導入、事業部制の廃止等矢継ぎ早に様々な改革を断行した結果、2002年3月の決算は連結最終赤字4,310億円という過去最悪の業績にいったん陥った。その後改革を継続し、業績も徐々に回復し(図参照)、2008年3月期には純利益が2,818億円となり、22年ぶりに最高益を更新するまでに復活したのである。

中村前社長は就任当時、松下は、松下幸之助氏の「水道哲学」に基づき独立性の強い事業部制のもとで大量生産・大量販売の20世紀型のビジネスモデルにとらわれていて、改革が遅れており、「このままでは松下はつぶれる」と強い危機感を抱いていた。そこで2000年の10月には、「破壊と創造」という中期経営計画「創生21計画を発表した。翌2001年度は、早期退職者募集を行いグループで1万3千人を減らした。また、マーケティング本部を新設したり、家電流通改革を実行したりと矢継ぎ早の施策を行い、「破壊」を繰り返していった。さらに2002年度からは事業部制を廃してドメイン別のカンパニー制を導入したり、兄弟会社である松下電工等グループ会社を子会社化したりした。そして最後の仕上げになったのが、パナソニックへの社名変更である。

グループで30万人もの社員がいると、一人ひとりに危機意識を持たせることは並大抵ではない。しかし、社員に危機意識を持ってもらわなければ改革は進まない。だからいろいろと工夫が必要になる。中村前社長がグループ社員に危機意識を持たせるために仕掛けた(と思われる)ことをいくつか見てみる。

一つ目は、こんなまずいことが起こっているという実話を伝えることである。中村前社長は、主力であるTV事業を引き合いに出してこんなエピソードを紹介している。ソニーの平面ブラウン管テレビベガがヒット商品になっていたときのこと、松下のテレビ事業部長は、こう言い訳したという。「当社の画面はナチュラルフラットです。ベガは平面なので、真ん中がくぼんで見えるが、当社はほぼ平面で絵が自然にみえるでしょう」と平然と言ってのけた。テレビ事業部長はその時全く危機感を感じていなかった風であったというのである。これを聞いた中村前社長は、テレビ事業部長の危機感のなさに逆に大きな危機感を抱いたという。このように社員に危機感を持たせるには、聞いたら「そんなバカな話があるか。」とか「そんなふうに思っているようじゃあだめだ。」とかびっくりしたり、呆れたりするような実話(エピソード)を紹介するのである。

二つ目は、「このままでは松下はつぶれる」という自分自身の危機感をデータと予測に基づいて伝えることだ。過去からの売上や利益の推移、主力事業のシェア推移など事実に基づいて、今後起こりうる要素とそのトレンドを加味して予想し、このままいくと会社が潰れてしまうという危機感を伝えるのである。これは、日産でゴーン社長がリバイバルプランの発表の際に使った手法でもある。

三つ目は、2002年3月期に過去最悪の赤字になった、という紛れもないまずい事実を内外に向けて明るみにしたことである。「過去最悪」、過去に起こったことのないことが今起こっている、だから意識と行動を変えなければならないという強いメッセージになった。

四つ目は「聖域を壊した」ことである。松下は松下幸之助が作り、育てた日本を代表する会社だが、「創業者が作った経営理念以外はすべて破壊して良い」という大方針のもとに、その幸之助さんが手塩にかけて作り上げた事業制を壊し、かつ終身雇用の大方針も転換して早期退職制度を導入したりしたのである。これらにより、聖域がないほどの改革が必要なのだということを社員に知らしめたのである。

このように社員に危機意識を持たせるには、いろいろな仕掛けを盛り込む必要があるが、その中の一要素としてエピソードを使ったストーリーテリングを活用すると効果的である。

このコラムは、雑誌「ビズテリア経営企画」に連載した「ストーリーテリングで人を動かす」10回シリーズを再掲しています。

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